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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2618号 判決 1999年9月22日

原告

矢崎貴孝

ほか一名

被告

畑尾稔

主文

一  被告は、原告両名に対し、各金三八五二万四五四一円ずつ及びこれに対する平成九年九月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの求めた裁判

被告は、原告両名に対して、各金四六六四万四九五五円ずつ及びこれに対する平成九年九月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した亡矢崎隆之(以下「隆之」という。)の両親で相続人である原告らが、加害者である被告に対して、損害賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  本件事故の発生

(一) 発生日時

平成九年九月一七日午後八時二〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市西区平野町中津五四二番地県道野村明石線上

(三) 事故の態様

隆之がトレーニングのため足踏み式自転車で走行中、前方注視を怠った被告運転の軽四輪乗用車(神戸五〇ね四七〇〇)に後方から追突されたもの。

(四) 事故の結果

隆之は、頭部外傷等の傷害を負い、同月二三日午前三時五三分、神戸市垂水区上高丸一丁目三―一〇所在の神戸徳州会病院において急性硬膜下血腫により死亡した。

2  責任原因

被告は、前方注視義務を怠って漫然進行した過失があり、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任がある。なお被告は酒気帯び運転であった。

3  原告らの相続

原告らは、隆之の両親であり、隆之の相続人は原告らのみである。

三  争点

隆之及び原告らの損害

四  争点に関する主張

1  原告ら

(一) 治療費 二一八万三四四〇円

(二) 入院雑費 一万〇五〇〇円

(三) 休業損害 三万八九六八円

(四) 傷害慰謝料 一四万円

(五) 逸失利益 八三五二万五三六七円

(1) 給与収入

隆之は、平成八年三月に神戸大学を卒業して、同年四月から加古川市役所に勤務していた地方公務員であったから、生存しておれば、特別の事情のないかぎり、通常に勤務を続け公務員として平均的に定期昇給、昇級をしていったものと推定できる。その生涯年収から、生活費を五〇パーセント控除し、各年につきホフマン係数による中間利息を控除して算出すると、合計七三三五万三二三五円となる。

(2) 退職金 一〇一七万二一三二円

事故前いたって健康であって、本件事故に遭遇しなければ加古川市に定年(六〇歳)まで三五年間勤務し、定年時退職金である二九五八万八一三〇円の支給を得られた。

この減収を生活費の控除率五〇パーセント、三五年のホフマン係数によって中間利息を控除すると、現価は一〇七五万八二四四円となる。

死亡退職金五八万六一一二円を受領したのでこれを控除すると、一〇一七万二一三二円となる。

(六) 物損 七万五〇七五円

隆之が事故時に乗っていた自転車の価格。

(七) 死亡慰謝料 原告ら各々一五〇〇万円

前記のとおり隆之の前途は洋々たるものがあり、同人も意欲に燃えていた。ところが酒気帯び運転のうえ前方不注視の過失により追突され、轢き逃げされた挙げ句、生命を奪われた。何らの過失なくして、自慢の息子を奪われた原告らの落胆は表現のしようもなく、精神的苦痛は計り知れないものがあり、これを慰謝するには原告らそれぞれ一五〇〇万円をくだらない。

(八) 葬儀費用 一五〇万円

(九) 弁護士費用 原告ら各々四〇〇万円

(一〇) 損害填補 ▲三二一八万三四四〇円

自動車損害賠償責任保険から三〇〇〇万円が、任意保険から治療費二一八万三四四〇円が、支払われた。

(一一) 請求額 原告ら各々四六六四万四九五五円

2  被告

(一) 治療費、入院雑費、休業損害は認める。隆之が平成八年四月から加古川市役所に勤務していた地方公務員であったことは認める。

(二) 逸失利益、慰謝料、物損、葬儀費用、弁護士費用については争う。

ことに逸失利益について、将来も確実に昇給が行われるとの蓋然性はない。仮に昇給する蓋然性があるとしても、加古川市職員の給与に関する条例六条の三第六項は五七歳以上の職員のうち規則で定める年齢を超える職員については昇給しない旨規定しているので、その後の昇給はない。また満六〇歳が定年と定められているのであるから、定年退職後の逸失利益については平均賃金によるべきである。

(三) 損害填補につき、原告ら主張のほか、三万八九六八円を、加古川市役所から、立替払をしたとして損害賠償請求を受けたので、平成一〇年四月二日に支払った。

第三争点に対する判断

一  (一)治療費、(二)入院雑費、(三)休業損害について

隆之が平成八年四月から加古川市役所に勤務していた地方公務員であったこと、隆之ないし原告らが次の損害を被ったことについては当事者間に争いがない。

(一)  治療費 二一八万三四四〇円

(二)  入院雑費 一万〇五〇〇円

(三)  休業損害 三万八九六八円

二  (四)傷害慰謝料について

右費目については、隆之は受傷から意識が戻らないまま、事故から六日後に死亡したことからすると、後記の死亡慰謝料と一括して考慮するのが相当である。

三  (五)逸失利益について

1  隆之(昭和四六年一〇月七日生。事故当時二五歳)は、大学卒業と同時に加古川市役所に勤務を始めて二年目で、健康な青年であったことが認められるところ、加古川市の給与条例によると、同人は本件事故に遭わなければ、通常に勤務を続け、同市職員として平均的に定期昇給をして行き、満六〇歳の定年まで勤務を続け得、退職金を得て退職しえたであろうと推定することができる。

2  そして同市の職員として同人に予測される昇給の時期、額は、甲七、一一の1、2、二一の1、2、二四の1、2によれば、別紙「昇給状況表」のとおり昇給、昇格する蓋然性が高いものといえる(この昇給状況には、成績による早期昇格や、昇格試験・選考による七級への昇格は考慮されていない。また、市条例にはない六級二七号給は、昇給停止とはならない年齢の場合に、市給与条例に基づき加給される金額を示すもので、妥当な推定である。)。

そこで、右表を基に、隆之が同市に勤務を続けることによって得ることができたであろう年収を計算すると、同市職員の定年である六〇歳までは、別紙「推定生涯年収表」の年収欄記載のとおりとなり、同人の給与収入上の逸失利益を、隆之が若年の独身であったことからその生活費割合を五〇%として控除したうえ、各年の年収についてホフマン方式により中間利息を控除して算出すると、計六二九六万五一一八円となる。

なお、原告は六一歳以降についても六〇歳時の年収が維持されるものと主張するが、加古川市職員の定年は、六〇歳であるから(前記甲二一の1、2)、六一歳以降の平均稼動年齢六七歳までの収入については、賃金センサスに基づき、六四歳までは年収四一六万八三〇〇円、その後は三六九万九四〇〇円として算出するのが相当であり、右同様の生活費控除及び中間利息控除を行うと、その額は、次のとおり四七二万〇四五四円となる。

4,168,300×(21.3092-19.9174)×0.5=2,900,720

3,699,400×(22.2930-21.3092)×0.5=1,819,734

2,900,720+1,819,734=4,720,454

そうすると、生涯の給与収入相当の逸失利益の合計は、六七六八万五五七二円となる。

3  また、前記甲一一の1、2、二一の1、2のほか、甲一〇、一二によると、隆之は本件事故に遭わずに、加古川市職員として定年まで勤務した場合には、定年時退職金として二九五八万八一三〇円を支給されたであろうと言えるところ、これを、右同様に、生活費控除割合を五〇%、三五年のホフマン係数〇・三六三六を乗じて算出すると、五三七万九一二二円となる。隆之は本件事故により僅か二年で死亡退職したことによりこれを失い、原告らにおいて五八万六一一二円を受領したに止まる(甲八の1、2、九)から、退職金の逸失利益は、四七九万三〇一〇円となる。

四  (六)物損について

甲一四、原告矢崎良子本人によると、隆之が本件事故に遭ったとき乗車していた自転車は、二か月半前の平成九年七月一日に、隆之が体力造りのために購入したスポーツタイプのもの(マウンテンバイク)で、代金は七万五〇七五円であったことが認められるから、本件事故時の時価は六万円は下らないものと認められる。甲四の13によると、本件事故により、右自転車は後輪が中央部に向かって凹み、スポークが破損してタイヤが離脱し、クランク軸変速装置が脱落するなどしており、全損になったと認められる。

そうすると、損害は六万円を下らない。

五  (七)慰謝料について

1  被告は、型枠大工として働いていた二六歳の青年であるが、当日仕事を終えたあと、仕事先で缶ビール(三五〇ミリリットル)を五、六本飲んでから、通勤に使っている軽四輪乗用車を運転して帰宅の途についた。現場は車道幅員は六・五メートルの、片側一車線、速度制限時速四〇キロメートルの道路であって見通しを妨げるものはない。ただ人家や工場が点在し、右側は田になったところで暗い。被告は、時速六、七〇キロメートルで走行して、左側に停車していた車両を避けて右側に出たあと左側車線に戻る際、停止車両に注意を奪われて前方への注意を怠って走行したため、左前方の歩道際を走っていた隆之の自転車の発見が遅れた。この後方から、自車の左側ヘッドライト付近を衝突させ、隆之を撥ね上げてボデーやフロントガラスに衝突させたあと、路上に落下させた。事故後いったん停止したあと現場から逃げ去ったが、三〇分ほど後に現場に戻って、逮捕された。(甲四の1ないし44)

2  隆之は、平成八年四月に大学を卒業すると同時に加古川市役所の職員として採用された、サッカーを続けていた健康な二五歳の男子であり、週に二、三回、二、三時間も自転車で体力造りのために走っていたもので、その最中に本件事故に遭ったものであった。(甲二〇、原告矢崎良子本人)

3  就職して二年の前途洋々たる人生を一瞬の事故により失ってしまった隆之の無念や、当日まで健康であった長男(二歳下の弟がある。甲二)を、突然の輪禍により、意識喪失下の六日ばかりを見取っただけで失った原告らの悲嘆は想像するに余りある。

右隆之や原告らの精神的苦痛を慰謝するには、相続分を含めて、原告らそれぞれ一四〇〇万円をもってするのが相当である。

六  (八)葬儀費用について

甲一三の1ないし19、原告矢崎良子本人によると、原告らは、隆之の葬儀及びこれに続く法事に、一五〇万円を下らぬ支出をしたものと認められ、本件事故と相当因果関係のある損害として一五〇万円の賠償を求め得るものと認められる。

七  損害填補について

以上の損害のうち、(一)治療費については、被告(の加入していた任意保険)から賠償が行われたことは当事者間に争いがなく、乙一、二によると、(三)の休業損害についても、実際には隆之には死亡までの給料全額が支払われ、加古川市役所が、事故による欠勤期間について被告に求償し、被告からその賠償が行われたことが認められる。そして自動車損害賠償責任保険から三〇〇〇万円が支払われたことも争いがないから、原告らが賠償を求め得る損害額は、合計七二〇四万九〇八二円となる。

八  (九)弁護士費用について

本訴の経緯や、右認容額等を総合すると、本件事故と相当因果関係ある損害として、原告らが被告に賠償を求め得る弁護士費用は、原告両名合わせて五〇〇万円をもって相当とする。

九  よって、原告らが請求できる損害額は合計七七〇四万九〇八二円となるから、原告ら各々につき、三八五二万四五四一円の限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項を、仮執行の宣言について同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

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